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アイディア編 | 松原弘典
A Collection of Thoughts | Matsubara Hironori
掲載『10+1』 No.30 (都市プロジェクト・スタディ, 2003年01月発行) pp.35-36

今回は日本に一時帰国していたので実際の家具製作はなし。かわりに中国で今まで見てきた風景のなかで何か建築や家具に活かせるものがないかと思って集めてきたアイテムについて書いてみたいと思う。「家具をつくる」のアイディア編。見慣れた風景のなかからいかに設計に使えそうな読み直しができるかという問題への自分なりの見解でもある。つきつめていくとそれは東京にいても普段住み慣れた場所と少し離れた地区に行ったり、あるいは地方に出たときに当てはめることができるのだが。海外の、特に大都市で暮らす楽しみのひとつは、日常的にこうした風景、つまり似ているようでちょっと違う風景にずっと接していられるというところにあるんじゃないだろうか。自分が深山幽谷や観光地よりも都市に興味があるのもこのへんに由来しているんじゃないかと思う。

光の門

これはよく中国の工事現場の入口で見かける。工事車両のゲートであり、夜間の照明も兼ねている。夜これが門型にくっきりと光を放っているのに出くわすと大変美しく見える。モノとしては三センチ角程度のスチールアングルで簡単なフレームを組んでテントシートをタイコ張りしたもので、中に蛍光灯を仕込んで面発光させている。表面は大抵赤いカッティングシート貼りの文字で「文明施工」とか「質量第一」などと書かれていることが多い。シートを貼ったあと角に押し縁を回しているものもあるが、できればシートを巻きっぱなしでビスで押さえているくらいのほうがエッジレスに見えていい。基本的には同じ作り方で広告屋が内照式の看板(中国語で「灯箱」という)を作っていることは、連載の一回目でも触れた。おそらくシートを貼るというところがポイントだったんだと思う。これが例えば発光面をアクリルで作ったりしたら板を固定するだけで枠の強度も精度もかなり必要になる。シートなら枠の形状にあわせて巻きつけていけるので強度も精度もそう必要としないし、コンピュータからプロッタ出力した絵柄を直接シートに打ち出せばグラフィックも自由に操れる。実際に飲食店の看板などでは、このことを活かして写真をコラージュしたりお店の雰囲気にあうフォントを使って店舗名を書いたりしている。
外壁の一部でこういうものを埋めこんで建築化した要素にしたり、単独の照明器具にするようなことができると思う。枠の形状によって発光面のプロポーションは自由に決められるし、照明器具の場合は床置きや壁かけや天井吊りなどさまざまな固定方法が考えられるだろう。シートには何か面発光と合いそうな、抽象的な印刷パターン、例えば星空とか海の中の風景とか、そういう風景を印刷してみたい。

1──光の門、夜間に光っているところ

1──光の門、夜間に光っているところ

2──光の門、日中の様子

2──光の門、日中の様子

板金文字

建材市場のそばなどによく集まっている文字加工屋が作っている。きわめて薄い、おそらく〇・五ミリくらいの鉄板を、切ってたたいて点溶接して作られた文字たち。完成品はそれこそ中国の都市景観のなかではあちこちに見られる。店舗の看板、党本部の屋上に据えられた毛沢東のスローガン、中国各都市の空港に降り立つと見られる空港の屋上についたすごい達筆の(ほとんど字体が崩れていて外国人には判読不可能と思われるものもある)都市名などにこうした文字が使われている。こういうものが発達したのにはいろんな背景があると思うのだが、まあ中国は書道の国だからというのはいいとして、字体というものに対する考え方があるんじゃないかと思う。中国でも明朝に相当する宋体やゴシックに相当する黒体などあるけれども日本に比べて字体の種類は圧倒的に少ない。そうであることに加えて僕が思うのは、手書き文字の看板の普及は看板屋のレタリングの技量の貧困さをうまく隠すのに役立ったんじゃないかということ。中途半端に上手なレタリングは看板をもっとも素人くさく見せる。むしろそれなら達筆とされる手書きの文字を拡大して使ったほうが早いし楽だったのではないだろうか?
高級感を追求するほど字体は崩され、文字の表面はたたかれてふくらみを持つことで筆致が強調され、金色にメッキがかかることになる。巨大なものも製作可能で、人間より大きな漢字一文字(お茶屋の「茶」とか)が看板になったりしていることもある、こうなると一文字二メートル高くらいということになる。
こういう板金文字を大々的に建築のエレメントとして使えないだろうか。たとえば漢詩をこの板金文字で作って建物の外壁の外側に固定してルーバー代わりにしたりするようなこととか。

3──文字製作屋の看板。板金で表面に金メッキ加工

3──文字製作屋の看板。板金で表面に金メッキ加工

4──ホテルの看板 手が込んでくると電飾したり ネオン管を文字に沿って曲げてつけたりする

4──ホテルの看板
手が込んでくると電飾したり
ネオン管を文字に沿って曲げてつけたりする

ビニルシートのすだれ入口

あらゆるお店の入口に、特に冬取り付けられている。客を入れたいが暖気を逃したくないというところからきた対応策。夏はあんまり見かけない、クーラーの効いていないところは扉を全開するし、クーラーがあるところはもう少し密閉性の高い扉に取り替えられることが多いように思う。中国では冬の暖房は温水のセントラルヒーティングなので比較的安価だが冷房は個別なので電気代が高くつく。冷気はシヴィアに守られるが暖気はもう少しゆるい管理のもとにあるなかで出てきた境界の作り方ではないかと思う。この入口自体は日本でも断熱カーテンという名前で工場などでよく見かける。冷凍室の入口とか、フォークリフトの通る出入口向けの製品として市場に出回っているはずだ。ただ日本ではあんまり公共の場所では見かけないようにも思う。不特定多数の人がシートに触るという衛生上の問題があって嫌われるのかもしれない。中国で見かけるもののなかでも、ビニルシートが無色半透明だったり、あるいは厚みのあるシートだったりするとなかなか美しい。
窓や開口部に使えないかと思っている。ルーバーのようでもあるし。お店の入口で使われているのは上吊りで下はフリーなんだけれども、上下とも連動する回転機構でシートを張れば縦のジャロジー窓のようにできるんじゃないかと思う。しかも高さは自由に設定でき、面積を大きくしてもそう重くはならない。いろいろ応用が効くパーツだと思う。

建築家という職能はやはりアイディアをある形なりモノで提出するところにあると思うので、こういうアイディアの文章による説明は本来あるべき姿でないようにも思う。
今までこの連載で四つの家具を作ってきたわけだけれど、それらはどれも製作プロセスを通して中国の社会を観察するという点ではいくつかの視点を提示できた。ただし実際のモノとしてそれらの家具を見た場合、どれもまだ本当に興味深いものになっているかというと、まだ物足りない部分も大きい。次回以降もう少しじっくりとモノに向き合って家具を作るきっかけを開いていければと思っている。

5──ビニルシートのすだれ入口、 このビニルは少し青みがかっている

5──ビニルシートのすだれ入口、
このビニルは少し青みがかっている

6──歴史的建造物の入口にビニルシートで入口がとられた例

6──歴史的建造物の入口にビニルシートで入口がとられた例

今までの連載原稿は
http://members.aol.com/Hmhd2001/
でご覧になれます。

>松原弘典(マツバラ・ヒロノリ)

1970年生
北京松原弘典建築設計公司主宰、慶應義塾大学SFC准教授。建築家。

>『10+1』 No.30

特集=都市プロジェクト・スタディ