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都市の微地形を発掘する─ジオウォーカーの試み | 佐々木一晋
Excavating Subtle Geographical City Features: The Attempt of the Geo-walker | Sasaki Isshin
掲載『10+1』 No.42 (グラウンディング──地図を描く身体, 2006年03月発行) pp.91-93

一九八四年九月、長野県西部での強震による大規模な地滑り崩壊が起きた。斜面を形成していた溶岩層や軽石層、火砕岩などは、大小さまざまな岩土と共に谷斜面に生えていた樹木や地表面を削りとり、高速で流れ落ちていった。僅か数分足らずの間に海抜二五〇〇メートルの高さにあった三〇〇〇—四〇〇〇万立方メートルもの土塊は、海抜一〇〇〇メートルの低地に流動していた★一。

鉱物としての都市 

高度成長期の大規模な土木開発に見られるように、近代化を押し進めた社会的営為が自然へと介入することによって土壌の弱体化を進め、さらには都市においても膨大な鉱物の流動現象を助長してきたといえるだろう。自然界ではごく当たり前に起こりうるこの鉱物の流動現象には、都市に住む私たちの日常においてはほとんど出会すことはないように思われる。しかし、この鉱物という物質的解釈をもって都心の地表を眺め直してみると、臨海部の大規模な埋め立て開発や、短期テナントビルの解体・新設の反復開発に見られるように、都心の地表も強震による被害と同様に地滑りを起こしているといっても過言ではなさそうである。また、近年の大規模な開発事例として代表される六本木ヒルズは、都心部へと流動する膨大な鉱物的容量を物語ると同時に、建物全体が群体として「丘/ヒルズ」を形成したかのような現代の鉱物的様相を呈しているようである。このように都心における地表を含む地質変動は、近代化への経済的営為のもとで一方的に施行されてきたといえるのではないだろうか。
一七世紀以降、ヨーロッパを中心にして富豪や文化人たちは鉱物に関心をもつことをひとつの教養として捉え、科学者は盛んに鉱物の研究に取り組んでいった。新たな鉱物元素が発見されると同時に新たな鉱物資源がつぎつぎに開発され、エネルギー源である原子力発電でさえ鉱物で運用され、近代都市の生活基盤として鉱物資源は欠かせないものとなっていった。一見、不動に見えるこの都市構造は、鉱物の流動現象という「鉱物の時間」を尺度として再び覗き込むことで、どのような世界が見えてくるのだろうか。本論では田中浩也氏が考案されたジオウォーカーを事例に挙げ、東京を鉱物的観点から眺め直してみたい★二[図1]。

1 撮影=田中浩也

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撮影=田中浩也

鉱物への眼差し 

「地質作用により自然にできた固体物質」★三を鉱物と定義すると、鉱物は日常生活のなかでいたるところに存在する。鉱物からつくられたものは屋内外のあらゆるところに存在している。コンクリートは鉱物の粉が固められたものであり、ガラスは鉱物が溶かされたもの、金属は鉱物から抽出されたもの、雨は鉱物ではないが、氷は鉱物といえるだろう。また、奥泉光は『石の来歴』(文藝春秋、一九九四)のなかで、太平洋戦争末期のレイテ島の洞窟の場面で鉱物の世界観について描写している。

変哲のない石ころひとつにも地球という天体の歴史が克明に記されているのである。(…中略…)鉱物の形は一瞬も静止することなく変化している。素材は絶えず循環している。


時間とともに人は骨となり岩になって鉱物の循環に投げ入れられ、後に結晶質として凝固、風化し、再び凝固する。歯や骨でさえ鉱物となりえ、人という非結晶なるものもまた鉱物という脈々と続く結晶化の繰り返しのなかに組み込まれていくという思想である。
こうした、結晶化したものと非結晶であるもの、この相互のインタラクションに目を向けて、身体感覚の拡張装置としてデヴァイスを用いて現代の都市様相を探求していく試みがジオウォーカーといえるのかもしれない。

発掘される建物 

田中氏が発案されたジオウォーカーの契機となった体験はレバノンでの遺跡の発掘調査であるという[図2・3]。ここでの発掘作業とは地質の中に隠れ潜んだ遺跡を顕在化することであり、ここで最も要求されることは「どこまでが建物なのか、またどこまでが土であるのか」といった建物の根源的な存在理由を再解釈していく作業にあったという。従来の発掘作業では、まずはスコップ、鶴嘴などを用いて上土を除け、遺跡の輪郭と硬度を推量しながら移植ゴテや手グワ、錐、続いて竹の串やブラシのような柔らかいものへとデヴァイスを転換していくことで鉱物の硬度の差異を顕在化させ、建物の存在を探り出していくのであった。しかし、近年はレーザープロファイラというデヴァイスによって、発掘の際の「尺度」として検出されていた「地質硬度」のデータは遠方からの入手が可能となり、コンピュータによって地質硬度の処理幅を調整することによって身体感覚を超えたさまざまな遺跡の様相を描くことが可能となってきている。
このようにして、絶えず風化が進む鉱物の硬度というメタレヴェルにまで解釈が落とし込まれることによって、身体と地表のインタラクションは新たな拡張手段を手に入れようとしている。身体感覚を通じて自然堆積している土壌を土、岩石、建物などと明確に境界域を区別していく作業は依然として困難である一方で、身体感覚を補完するデヴァイスを駆使することで風化・凝固を重ねゆく鉱物のプロセスの一断片を記録することが可能であり、それらの断片を互いに蓄積・共有化していくことで遺跡の全体様相を探り出すことができるのである。

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3 2-3撮影=田中浩也

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2-3撮影=田中浩也

都市の微地形を発掘する

ジオウォーカーは、都市を移動する際に個人の身体感覚として捉えられていた断片的な都市の位相情報を連続してトラッキングする試みであり、これは遺跡の発掘作業のように、個人の身体感覚を超えて連続的にトラッキングされた三次元的な位相情報を蓄積させることで都市の仮想的な床面を発掘する試みといえるだろう。「写真を『撮る』ように、地形を『撮る』」と田中氏が言われるように、「地形を撮る」ためのデヴァイスとして既存の万歩計が応用され、一歩ずつ歩行運動を行なった時の正確な時刻、身体の向き、高度、位置座標を取得できるようにコンピュータ・メモリ、電子コンパス、気圧計、GPSが増設されている。本システムでは、GPSが作動しない屋内では万歩計の歩数カウントと電子コンパスを用いることで屋内外を問わずに一メートル単位で地形データが記録可能となっている[図4−6]。

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7 4-7作成=田中浩也

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4-7作成=田中浩也

また、ジオウォーカーにおける「地形」の概念は、単に地形図や広域地図に見られる地形的にマクロな起伏を対象としているのではなく、身体のサイズを通じて感受される日常的な高低差「微地形」も含意していくのだろう。つまり、ビルの多層性もトラッキング可能であることを考慮すると、人自身が三次元スキャナーとなり、都市を鉱物的な観点から三次元的に部分スキャニングしていくような印象といえるだろう[図7]。このデヴァイスを装着して都市を徘徊することで、都市の仮想床の凹凸状況が自身の歩行軌跡に重ね合わされて三次元的な位相情報として記録され、ソフトウェアを通じて可視化されていく[図8]。まるで透明な箱でアリが巣穴をつくった時にその周囲に巣穴の軌跡が映し出されるように、自身の日常の行動軌跡をパソコンのモニター上で観察・編成することが可能となる。

8 作成=池田秀紀+田中浩也

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作成=池田秀紀+田中浩也

都市活動の分析対象が観察される側とする側の二項関係に特化されていた従来までの都市の俯瞰手段に対して、新たに観察対象に自己が介在可能なこのソフトウェアはどのような都市像を描きうるのだろうか。本ソフトウェアは試作を終えて二〇〇六年春には公開される予定であり、さまざまな利用方法で都市研究に貢献できるように細部の開発が進められている。絶えず変化し続ける現代の都市様相の発掘を試みるこのジオウォーカーは、近い将来どのようなパースペクティヴを描くのだろうか、今後の動向に期待していきたい。



★一──町田洋+新井房夫+森脇広『地層の知識|第四紀をさぐる』(東京美術、二〇〇〇)
★二──ジオウォーカー開発=池田秀紀+田中浩也。
http://www.photowalker.net/geo/
★三──International Mineral-ogical Association=http://www.ima-mineralogy.org/

>佐々木一晋(ササキ・イッシン)

1977年生
東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程。建築意匠、環境情報科学。

>『10+1』 No.42

特集=グラウンディング──地図を描く身体