RUN BY LIXIL Publishingheader patron logo deviderLIXIL Corporation LOGO

HOME>BACKNUMBER>『10+1』 No.34>ARTICLE

>
『ユーパリノス』註解 | 日埜直彦
Note on "Eupalions" | Hino Naohiko
掲載『10+1』 No.34 (街路) pp.42-44

前回は近代建築がその理念として掲げた「機能主義」や「幾何学性」が、その起源を遠くギリシャに遡りうる、それ自体としては古典的な理想であったことを見たが、今回は近代初期における建築のイメージと古典性の抜き差しならぬ関係を端的に見せてくれるひとつのテクストを参照しながら、近代主義において古典性が占める位置をより接近して見てみたい。
思想家・詩人であったポール・ヴァレリーの一九二一年のテクスト『ユーパリノス──あるいは建築家』は、建築史家・森田慶一による訳を含め数種類の邦訳が存在するが、いずれも入手困難となっている★一。実際に手に取ってみればそう読みにくいテクストでもないのだが、現在一般的に読まれている書物とは言い難い。どう贔屓目に見てもかなり古くさいテクストである。だが建築論にかかわる本をある程度読んでいる読者であれば、その題名ぐらいはどこかで目にしたことがあるはずだ。例えば磯崎新はあるところで次のように書いている。

[徒弟修業時代の]かなり初期に、私を恐慌状態に陥れたのはたとえばポール・ヴァレリーが『エウパリノスまたは建築家』で活写したような、西欧における、明晰なるものの根源としての「建築」なる観念だった★二。


おそらくこのテクストを熱心に読んだ世代は磯崎と同世代か、せいぜいもう少し若い世代までだったのではないだろうか。管見ではあるがそれ以降の世代が言及するのを読んだ記憶がない。あるいは六八年以降の現代的状況においてストレートに共感しえるテクストとも思えず、それも自然なことかもしれない。
海外の建築家に目を移すととりわけル・コルビュジエのヴァレリーに対する意識は特筆に値する。東秀紀の『荷風とル・コルビュジエのパリ』★三が述べるように、ル・コルビュジエはしばしばヴァレリーを引用し、著書をまめにヴァレリーに献本していた。『ユーパリノス』の浜辺に謎めいた白い物体を拾い上げるエピソードを読めば、ル・コルビュジエの著書に幾度も現われる貝殻のエピソードを連想するのは自然だろう。ル・コルビュジエが書き散らしたテクストのあちこちに『ユーパリノス』の反響を聞くことはただの幻聴とばかりは言えないように思う。

『ユーパリノス』はソクラテスとその弟子パイドロスが語り合う対話篇の体裁を借りている。ただし舞台は冥界であり、魂を岸に打ち上げつつすべてのものを虚無へ向かって流し去る〈時間〉の河を前にしながら、身体を失い霊魂のみの存在となった二人が、現世を思い起こしつつ語り合う。寓話的なこの舞台設定は、ギリシャ以来の伝統を継ぐ西欧の歴史、とりわけ未曾有の破壊をもたらした第一次大戦へと至った西欧の歴史を顧みるヴァレリーの視野に重なる。形而上学によって万物を認識しうるとかつて信じたソクラテスは、この河を前にして無能感を告白する。「すべての物の形、すべての思考がとどめるすべもなく逃れ去るまま、あやしくゆがんで見え」★四る時、古典的イデアリスムはなにひとつ認識することができない。悲劇を併呑しつつなお永遠を指向する人間の根源的営みとして建築が想起され、パイドロスは生前友人であった建築家ユーパリノスの思い出を語り始める。ユーパリノスは建築の機能と目的、強度や耐久性、その形態の調和を調整するしごく実際的な建築家であった。建物の些細な細部に至るまで強度と耐久性についてあらゆる配慮を凝らし、繊細でありながら明確な形態と光線の取り合わせを実現するため彼は心を砕く。ユーパリノスはかつて次のように述べたという。「ぼくはあらゆる思考に適確さを求めた。具体的な物を綿密に考察することから明晰な形で生み出された思考が、いわばおのずからぼくの芸術のひとつひとつの行為へと転化するためにだ」★五。一方で合理的な解決の徹底というラショナルな理想への指向、他方でそれがそのままで芸術として優雅さと調和を獲得し、精神を「刺し通し、惑乱させずにはおかない」ものとなることへの指向。かならずしも両立するとは言い難いこの二つの指向は、ヴァレリーのアンチノミーとでも言うべきひとつの格率である。「この街のたくさんの建物のなかで、あるものは口をきかないし、あるものは語りかける。そして最後に、これはもっとも数は少ないのだが、歌うものもあるということに気づかなかったかい?」★六。口をきかない軽蔑すべき凡庸な建物たちに対して、合理的な配慮によって明晰なものとなり「声高に峻厳な用途を宣言」し語りかける建物は相応に尊重されるべきとしながら、しかしさらに、歌う建物、つまり音楽的な調和に接近する建物が理想として掲げられる。「[ある建物の]優美な姿は直接に楽音の純粋さに通じ、また汲めども尽きせぬ和音の感動を魂に伝えずにはおかない」★七。こうして合理性と芸術性のアンチノミーを昇華すべき存在として建築家が描かれる。
パイドロスの語る彼の思い出に聞き入りながら、ソクラテスはユーパリノスという建築家の姿にひとつの人間の知性の理想型を見出し、ついに音楽と並ぶ芸術の至高の形式として建築を讃えるに至る。絵画はある表面を仮装するのみであり、彫像は視界の一部を飾るに過ぎないが、音楽と建築は「感覚の総体を独占」し、「我々の知覚と空間とを、人為的な真理によって、また本質的に人間的なものによってみたす」★八。かつて知によって永遠と交わろうとした哲学者ソクラテスはその過去を死後において悔い、建築家として生きるべきではなかったかと告白する。合理的知性に対する服従と魂のための詩学、アンチノミーの追及の結実としての建築はもっとも完全な人間の行為とされ、「肉体にとっても非常に貴重な、魂にとっても快適な建物、堅牢そのもので
 《時間》でさえもそれを消化することは容易なことではなく、(…中略…)むしろ時の流れのうちに育てられてゆく」建物が人間的行為の理想型とされる★九。
そもそも『建築』と題された豪華図録の序文としてこのテクストは書かれたとはいえ、このテクストにおける建築の位置づけの高さに戸惑いさえ覚えるかもしれない。しかしながらヴァレリーがおもねりによってこのテクストを仕上げたわけもなく、このテクストに対する発表当初の評価もきわめて高かった。こうした位置づけはけっして一九二○年代において不自然とは思われなかったのだ。いずれにしても、ヴァレリーが『ユーパリノス』において最終的に理想とした建築の姿は、肉体に対して「用」、魂に対して「美」、時間に対して「強」を充てた、いわゆる古典的三一致の原則から離れてはいない。その意味で前回述べた近代に潜む古典性の典型と言えるかもしれない。しかしながら同時にヴァレリーが理性がもたらしたものに対してアンビヴァレントな思いを抱いていたことを見逃すわけにはいかないだろう。虚無へ向かって流し去る河が暗喩するものとは何だろうか。かつてレオナルド・ダ・ヴィンチ論において知性的実践者をほとんど手放しに称賛したのとは異なり、そこには前景化しない影が潜む。それは第一次世界大戦のみにとどまらず、近代化がもたらしたものに対するヴァレリーの複雑な思いだろう。ヴァレリーは建築の美質として明晰さを楽天的に唱えただけではない。合理性を規律として求めつつ詩情がそこに讃えられることを望み、そしてそれは理知主義が絶対的善であるとは信じられなくなった近代において、あらためてそう言われるのである。こうしたアンビヴァレンツにおいて近代の古典性はあらわれる。そのとき美はもはや抽象的なそれではなく、有限の存在におけるヒューマニズムとして見定められている。その彼方には、実践における徹底が伝統的価値をも一顧だにせず、畏怖すべき厳格さが喜劇的抽象性に至る『テスト氏』の姿がある★一○。狂気すれすれの理性、徹底において透明にならんとするタナトス的意志、そしてそこに影を投げる歴史のリアリティ、そのような近代主義である。
ヴァレリーの建築家像は強くフランス的であり、またヴァレリーが終始社会的問題の政治的解決に対して懐疑的だったために、ヨーロッパの近代建築が背景としていた左翼的あるいは社会改良主義的性向をまったく感じさせない点で特殊ではある。しかし個々の建築家のマニフェストを超えてヨーロッパにおける近代主義の理想を見ようとするならば、『ユーパリノス』以上に雄弁なテクストは稀である。一九三二年の『The Inter-national Style: Architecture since 1922』
★一一は、近代建築からヨーロッパで展開した近代建築のイデオロギー的負荷を隠蔽するとともに、この建築論的伝統をも脇に追いやった。古典的理性観の内破以降の現在においてこうした文脈は遠く隔たれた歴史にすぎないかもしれない。しかしこの古典性をアナクロニズムと心得ることなしに現在はないのである。


★一──引用その他は佐藤昭夫訳(審美社、一九七三)によった。その他、森田慶一訳(東海大学出版会、『建築論』、一九七八)、水野亨訳(中央公論社、世界の名著、続一二、または桑原武夫+河盛好蔵責任編集『アラン・ヴァレリー』、中公バックス、一九八〇)、伊吹武彦訳(人文書院、一九五四)がある。また関連書に、加藤邦男『ヴァレリーの建築論』(鹿島出版会、一九七九)がある。
★二──磯崎新『ル・コルビュジエとはだれか』(王国社、二〇〇〇)九五頁。
★三──東秀紀『荷風とル・コルビュジエのパリ』(新潮社、一九九八)。
★四──佐藤昭夫訳、九頁。
★五──同、二四頁。
★六──同、二六頁。
★七──同、三〇頁。
★八──同、四一頁。
★九──同、九六頁。
★一〇──ポール・ヴァレリー『テスト氏・未完の物語』(粟津則雄訳、現代思潮社、一九六七)。
★一一──邦訳=ヘンリー・ラッセル・ヒッチコック+フィリップ・ジョンソンインターナショナル・スタイル』(武沢秀一訳、SD選書、一九七八)。

>日埜直彦(ヒノ・ナオヒコ)

1971年生
日埜建築設計事務所主宰。建築家。

>『10+1』 No.34

特集=街路

>磯崎新(イソザキ・アラタ)

1931年 -
建築家。磯崎新アトリエ主宰。

>ル・コルビュジエ

1887年 - 1965年
建築家。

>フィリップ・ジョンソン

1906年 - 2005年
建築家。

>インターナショナル・スタイル

International Style=国際様式。1920年代、国際的に展開され...