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八八二〇平米の書店(前編 コンペから設計契約まで) | 松原弘典
The 8820-Square Meter Book Store (Part I) | Matsubara Hironori
掲載『10+1』 No.33 (建築と情報の新しいかたち コミュニティウェア, 2003年12月発行) pp.42-44

今回から大きな書店の内装設計、施工監理のプロジェクトを紹介する。新華書店の北京で三番目の直営店の内装。この書店は中国最大の国営店で、全国津々浦々にフランチャイズ展開している。従来書店はその店の経営のみを行ない、店舗の場所は国家の別機関が用意するというかたちだったが、改革開放以降、自社で建物や床を購入して直営で大型書店を経営する形態を始めた。現在北京では西単の図書ビル(売り場面積七万平米、ちなみにこの二期工事が計画されており、レム・コールハースが最近この設計競技に勝ったと聞いた)と王府井書店(同八〇〇〇平米)が直営店で、今回北京の北西部、大学の多い中関村地区に三番目の大型直営店を開く計画が立てられた。「新華書店中関村図書ビル」という名前になるその新書店は、延床面積八八二〇平米、すべて開架で書籍展示数七〇万冊になる。北四環の海淀橋の角に新築中の「左岸工社」という名前のビルの低層商業部分に入居が決まっている。私はコンペを経て設計者として選定され、施工図とこちらでは呼ばれる実施設計図を描いて工事の設計監理をした。二〇〇三年一一月六日に開業予定。なお筆者は北京大学に属しながらこのプロジェクトをもとに「現場設計」というテーマで中国の設計施工の実情を調査研究しており、二〇〇四年夏にはこちらで本を出版の予定。

1──「左岸工社」北側外観。「く」の字に折れ曲がった外観。バウハウスをモチーフに設計された外観だとか。ドイツに留学中の中国人が設計したとのこと。

1──「左岸工社」北側外観。「く」の字に折れ曲がった外観。バウハウスをモチーフに設計された外観だとか。ドイツに留学中の中国人が設計したとのこと。

コンペ

コンペは内装の施工会社を経営している大学関係の知人(羅さんという)から話があり、彼の会社と一緒に参加することにした。招待コンペで六社ほどの参加があった。一月末に各社が新華書店の総本部に集められて説明会があった。西単の向かいの、まさに北京の真ん中にある書店事務所はだいぶくたびれた建物で、国営企業であることを思いださせた。その場で明らかになったのは春節明けの一カ月後が提出案の締め切りで、審査は書店内部関係者のみで行ない、提出物は平面図とパース、勝者には施工図設計の契約機会が与えられ敗者には五〇〇〇元(七五〇〇〇円)の補助が支払われる、というものだった。設計範囲は明確な資料がなく、その場でビルの平面図が渡されて口頭で範囲が指示されたり、提出図面についてよく聞いてみるとある程度自由な形式で提出していいようだったり、あいまいなかたちでスタートしたのがどうも心配ではあった。羅さんいわく国営企業の仕事の仕方はこういうことが多く、これからも驚くことがたくさんあるかもしれないというので、その場はそのままそれらを飲み込むことにした。
敷地条件をよく見てみると、店舗は五層にまたがっていて、「く」の字型に折れ曲がった建物平面のうち、一、二、五階はその一部だが、三、四階は「く」の字全域(一フロアが二五〇〇平米近くになる)を占めることがわかった。説明会での施主の話しぶりでは、なるべく本をつめこんだほうがいいということ、「く」の字の折れ曲がり部分(エレベータホールがあってスペースが通路状に細くなる)をうまく処理する方法を考えてほしいこと、などが設計のポイントであるように思われた。それから書架の高さは売り場内の見通しを守るために一・五メートル前後がのぞましい、従来の二店舗との完全な差異化を図ってほしいという要望も聞いた。それらをもとに設計を開始した。
われわれのアイディアの骨子は「長城家具」と呼ぶ、「北京で一番長い」家具を作って客を集めましょう、という提案である。この長い家具は一部が書架だったり、座れたり、カウンターになったりすることで、多機能の装置として存在する。現状の柱スパンからまず効率のよい一般書架の配置を決めてこの高さは一・五メートルでおさえ、それを適当に間引きながら長城家具を配置していった。内装については各階共通でなるべく単純な床壁天井仕上げとし、「長城家具」のみが各階で平面形と色を変えて展開するということにした。
設計の途中で案を施主に見せたほうがいいという羅さんの助言をもとに、われわれのみ個別に連絡をとってラフ案を見てもらう。こういうこともこちらではごく当たり前のことらしく、他のコンペ参加者も個別に施主に接触していたようである。実際に施主に平面図を見せて細かい話をしていくうちに、効率一辺倒で外壁窓際まで書架を埋めるのではなく、窓際はなるべく書架をおかずに夜間の外からの景観を重視した設計にしたほうがいいとか(国営企業にしてはなかなか先進的な意見だと思った)、書籍量は一冊二センチ厚で計算し七〇万冊を目標に設定するべきだとか、細かい条件が少しずつみえてきた。
平断面図と説明文は僕が書いて、それをもとにパースの制作は外注することにした。一枚三〇〇〇元(四五〇〇〇円)というのがこちらの今の相場らしく、主な販売部分である一階から四階までの各階内観、外観一枚の計五枚を作成してもらう。外注先に通いつめてどれも細かく書き込まずに抽象度の高い絵に仕上げてもらっていたら、羅さんにもう少し具体的に書き込んだほうがいいといわれた。施主、特にその最高幹部層の人たちは、人間や看板をきちんと入れた具体的な絵のほうがイメージしやすいから、というので、四階の内観だけを具体的にし、提出図書の一番最初にその一枚を挟み込むことにしたくらいである。A2サイズと言われていた提出図書も、どうやら大きくても構わないようだったので、A1にして提出した。蓋を開けてみるとわれわれのパネルだけ大きくてこれも効果があったのではないかと思ったものだが。 

2──「長城家具」の3階内観パース。各階で長城家具の色、平面形を変えている。

2──「長城家具」の3階内観パース。各階で長城家具の色、平面形を変えている。


3──当初2階平面図。この階では茶色の長城家具が四角く配置される計画だった。

3──当初2階平面図。この階では茶色の長城家具が四角く配置される計画だった。

4──こちらで設計した書店のロゴ、「中関村図書ビル」の英語頭文字をとってZBBという英語をモチーフにしている。現場が始まってから橙色に変更。

4──こちらで設計した書店のロゴ、「中関村図書ビル」の英語頭文字をとってZBBという英語をモチーフにしている。現場が始まってから橙色に変更。

勝利

提出日の前に「他の参加者の要請があったから」締め切りが数日のばされたりもしたが、とにかく図面を提出した。一週間ほどあとに参加者すべてに招集がかけられ、個別にプレゼンテーションをすることになる。このへんもコンペ開始時にはない話だったが、いい機会だと思い練習して臨んだ。最初の説明会と同じ総本部の会議室、施主側はコンペの担当者のほかに書店の最高幹部まで参加していた。あとでわかったことだが新書店の主任クラスまで参加していたので総勢三〇人くらいの聴衆の前で案を説明する。仕上げ材のサンプルのパネルまで作っていったのでだいぶ具体的な話ができた。質疑も活発で手ごたえを感じることができた。設計案と一緒に内装工事の概算見積書(これは羅さんのほうで作った)もあわせて審査された。この段階では平米一〇〇〇元(一五〇〇〇円)程度の工事費を見ていた。
一週間ほどして施主から勝者に決まったという連絡があり挨拶にいく。国営企業の大きな事業なので市政府のほうまで話を通す必要があり、結果が出るまで時間がかかったとか。最後は天津大学設計院の案と二案残っていたが、われわれの案では長城家具が外に飛び出して屋外広告になっているのがすごく上層部に受けたのと、書籍数をきちんと細かく追っていたのが審査で有利に働いたらしい。このころはまだあまり実感がわかなかったけれども、羅さんいわく「これから徐々にこの工事の大きさがわかりますよ」とのこと。

設計体制と契約

コンペ後まず設計契約を結ぶことになる。これは羅さんの会社と新華書店の間の契約になり、形式的には羅さんのところから建築部分の設計が僕らにさらに発注され、電気、給排水、空調などの設備設計や構造設計も同じく別に発注された。実際は羅さんの会社は施工まではなにもしないので、こちらが設備設計者と連絡をとりながら施工図を作成していく。
他の設計担当者はみな中国科学院建築設計院で働く人たちだったが、会社としての業務ではなく、個人で羅さんと契約を交わして図面を描いているという、つまりアルバイトである。こういうかたちで実施図面が描かれることは今の中国ではとても多く、このように個人の設計者が法律上登記された会社の名前を借りて仕事をうけることを中国語では「挂靠(グワカオ)」(ひっかけてもたれる、という意味)という。まだ今の中国では小規模な設計事務所が成立するだけの制度的な条件ができていないにもかかわらず、経済的には非常に多くの業務が発生しており、それがこういうアルバイト的な形の設計請負体制を生んでいるのである。もちろんこれは少なからず深刻な問題を生む事態でもある。たとえば竣工後の建物になにか問題があった場合、当然責任は「挂靠」されている会社にいくわけだけれども、大抵の場合その会社は管理費という名目で設計料の一部を得て名前を貸しているだけで設計の詳細にはほとんどタッチしていない。そうすると瑕疵が発生した場合の問題解決がスムーズにいかないなどの問題が出てくるわけである。今回の場合、羅さんのところがわれわれの設計にのっとって施工することはわかっていて、竣工後も彼らが施工責任を持つことは明らかだったのでそういうリスクは少なかったわけだけれども、やはりすっきりしない設計体制であることにはかわりがない。構造+設備設計者たちとは週一回定例会議を開いて図面の調整をとりながら協働した。議事録をとり、必要なら業者を呼んでその場で細かいヒアリングをしながら施工図をまとめていった。
それから設計範囲について、設計契約では内装に関する一切という内容で、それに伴って平立詳細図等の図面を作成するというものだったけれども、実際内装設計を始めると細かい既製品家具、書店のロゴやサイン、従業員のユニフォームなども気になってくる。国営企業だから放っておくととんでもないものになりそうだという心配がこちらにあったのだが、そのへんは施主側も僕のそういう気持ちをうまく見透かして巻き込みにかかり、結果的にずるずるといろんなところに首をつっこむ結果になってしまった。サイン設計は設計業務に入れていたけれども、細かいロゴのデザインまでこちらでやることになってしまったし、オフィス部分の家具は書店から直接発注する業者にスケッチを渡して製作図を描かせてチェックすることでほとんど特注家具にしたし、ユニフォームはアパレル業者の入札説明会に出て内装の設計意図を話したりすることになった。初めてでどういう業務がどのくらい発生することになるかよくつかめていなかったせいもあるけれども、思った以上に業務範囲が広がったのは大変だった。施主が設計側に細かい部分までこちらに話を通してくれたといえば聞こえがいいけれども、だいぶサービス設計したなあというのも実感として残ったものである。

5──店内サイン。 文字まですべて設計を手がけた。

5──店内サイン。
文字まですべて設計を手がけた。

6──5階オフィス部分の家具。 机と棚などこちらでスケッチを描いて 家具屋に製作図を描いてもらい製作した。そのほかにソファや会議テーブルなども 製作した。椅子は既製品。

6──5階オフィス部分の家具。
机と棚などこちらでスケッチを描いて
家具屋に製作図を描いてもらい製作した。そのほかにソファや会議テーブルなども
製作した。椅子は既製品。

7──3階長城家具。 まだ本を並べていない状態。

7──3階長城家具。
まだ本を並べていない状態。

今までの連載原稿は
http://members.aol.com/Hmhd2001/
でご覧になれます。

>松原弘典(マツバラ・ヒロノリ)

1970年生
北京松原弘典建築設計公司主宰、慶應義塾大学SFC准教授。建築家。

>『10+1』 No.33

特集=建築と情報の新しいかたち コミュニティウェア

>レム・コールハース

1944年 -
建築家。OMA主宰。