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建築職人ウィトルウィウス──弱い技術 | 中谷礼仁
Architecture Craftsman Vitruvius: Weak Technology | Nakatani Norihito
掲載『10+1』 No.33 (建築と情報の新しいかたち コミュニティウェア) pp.12-25

1 建築職人ウィトルウィウス

はたしてウィトルウィウスは建築家だったのだろうか。
あらためていうまでもなく、彼の著した『建築書』(De Architectura Libri Decem)は、「西洋建築」の体系がかたちづくられるにあたって、その初源となった。同書は一四一五年にセイント・ゴールの大修道院図書館で再発見され、一四八六年にローマで刊行された。ルネッサンスの建築家たちはこれを唯一のよりどころとして、さらに自らの理論をかぶせ、公表した。一五三七年の、セルリオの解釈によるオーダーの提唱をはじめとして、特に比例概念を中心としたギリシャ・ローマの古典建築の聖典として以降伝えられたのだった。
この建築書の成立年代は、その内容の精しい検討から、紀元前三三年から二二年にいたる約一〇年間に位置づけられている。それにくらべて彼の出自は、出生年月日はおろか、出生地も、家柄も家系もまた明らかではない。しかし少なくともウィトルウィウスが、当時、著名な建築家でなかったことだけは本人が次のように語る通りである。

このように、他のどんな技術も──たとえば靴作りや綿打ちやその他の仕事のうち比較的容易なもの──それを自分のところでやろうと試みるものは一人もいないのに、建築だけが別です。そのわけは、建築家を公言している人々が真実技術によってでなく、間違って建築家と呼ばれているからです。この事実の故に、私は、この贈り物がすべての人に感謝されずにはいないだろうと信じて、建築の全般ならびにその理法を書きまとめるべきだと考えました。
第六書第一章(森田慶一訳、東海大学出版会)

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*この原稿は加筆訂正を施し、『セヴェラルネス──事物連鎖と人間』として単行本化されています。

>中谷礼仁(ナカタニ・ノリヒト)

1965年生
早稲田大学創造理工学部准教授、編集出版組織体アセテート主宰。歴史工学家。

>『10+1』 No.33

特集=建築と情報の新しいかたち コミュニティウェア