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五〇平米の事務所(後編) | 松原弘典+戴長靖
The 50-Square Meter Office (Part II) | Matsubara Hironori, Cangjin Dai
掲載『10+1』 No.32 (80年代建築/可能性としてのポストモダン) pp.35-38

前号からの続きの小さなリノヴェーションの経過報告。この物件の竣工は北京でSARSが本格化するほんの少し前で、そういった意味では最悪のタイミングは外せたと言える。状況がもっとも緊迫した時期でもこの施工隊の人たちは仕事をしていたと後で聞いたが、建材市場も閉まったし、市内では引越しなど大きなモノの移動も制限されたりしたので工事がもし延びていたらいろいろ面倒なことになったに違いない。この原稿を書いている七月末の段階では多くの工事現場がもとの通り施工を再開しているけれども、SARSのおかげでどこもかなりの工事の遅れがでたはずである。

6 工程

今回の施工は大きく分けて二つの部分からなる。木工、瓦工(レンガ積工事)、油工(塗装工事)を中心とした現場施工と、鉄、ステンレスの部材を工場に発注する外部加工である。工程ではこの二つの関係をうまく段取りするのが重要なはずだ。親方の李さんの考えでは五〇個を超えるL型の書架の製作、特にその塗装が工程上一番クリティカルなので、特に木工を先行して進めたいという。確かに分解できるユニットになったことで書架の表面積はだいぶ大きくなっていた。
施工開始後はただちに木工がどんどん仕事を進めて電気や電話などの設備配線を埋め込んでゆく。書架の枠が設置されることで空間の全体のプロポーションがわかるようになった。外壁も同時に進行し、瓦工が配水管を建物前面に埋設したり、ドアの大きさに合わせて既存の開口部の一部を破壊して拡大したり、レンガを積んで埋めたりした。油工はL型書架の塗装を先行させ、乾燥の合間を見て室内壁面や天井を塗装する。石膏ボード仕上げはジョイントにガーゼテープを貼ってパテ処理していたし、天井は照明器具の配線を埋設して全面パテしごきをしていたが、このへんの左官の腕はしっかりしている、日本の職人さんにもひけをとらない。
外部加工品のほうはできるだけ現場のそばの工場に発注するように李さんにお願いした。結局テーブルの脚などの鉄は彼の家のそばでつきあいのある鉄芸加工屋に頼んだが、ステンレスの加工は現場の向かいにある加工工場にお願いすることができた。鏡面仕上げの外部扉や流し、ペアガラスの枠製作と設置は向かいで作っていたのでそのプロセスを細かく見ることができた。ドアの隠し蝶番だけがなかなか見つからず、結局郊外のドア製作工場まで李さんに行って入手してもらった以外は部材調達も問題なかった。空調機を隠す木ルーバーも外注。六ミリの見付寸法(取付部材の直接見える側の寸法)の板が一六ミリピッチで並ぶのだけれどきちんと精度がでていた。これらのモノは工程上現場の準備ができた段階で持ち込まれて設置されたがどれもスムースに進んだ。
工程上の遅れはあえていうなら設計サイドである僕のほうで原因を作ってしまった。それは一番奥の壁がレンガ壁で、当初は白く塗るだけでもともとあったレンガの目を残すつもりだったんだけれど、やはり後になってどうも荒っぽすぎるので左官で均してもらうように変更をお願いしたのである。湿式だとどうしても乾燥に時間がかかる。ちょうどそのころは天気も崩れがちでなかなか最後の上塗り工程に入れなかった。これが工程を一週間ほど遅らせてしまったのである。

7 ディテールの作られ方

今回は小さな物件だったのでなるべく細かいところまで図面を描いた。ドアや家具などは日本の実施設計より細かい、施工図(製作図)のレヴェルの図面を自分で描いて見積もりの段階から施工者に渡していた。中国の多くの現場、特にこういう小さな内装工事では設計段階は簡単な平面図と透視図だけだったりする。施工が始まると納まりの大部分はよく見慣れたやり方で作るので設計者が施工者と少し話しておしまい、というのがほとんどである。設計者は納まりを知らないことも多い。彼がパースだけ描いてそれを施工職人が実行するというのが普通のやりとりになる。つまり図面よりも現場での指示の割合がとても高くなる。今回のこの仕事でも施工隊には作図できる人はもちろんいないし、僕が描いた図面がそのまま見積もりに使われ、当然施工隊もそれを見て施工し、外注されるドアやルーバーの制作工場にもこの図面がそのまま流れていくことは当初から予測していた。とにかくなるべく細かく図面を描いておいて意図をはっきりさせておき、製作上問題があればその細かい図面を元に職人と議論をするつもりだった。日本の感覚で言えばこちらで描いた図面を元に製作工場が自分達の製作可能な施工図をおこすというのが一番なわけだけれども、そんな余裕はだれにもなく、案の定ことはこちらの予測どおりに進行した。
ディテールでは中国の施工者がふだん見慣れたディテールで作ってしまうことをできるだけ避けたいと思っていた。細かい部分の話だが、建具の枠の見付幅、壁と天井の取り合い部分、巾木の納まりなどで細かい寸法を指示し、普段こちらの施工を見ていていやだなと思うところは図面をおこして別の作り方を指示した。蓋をあけてみると施工自体は考えていた以上にこちらの図面の通りになったと思う。職人さんも図面を読めないということはないし、図面の上であれば僕の怪しい中国語もおおむね意思を伝えることができていたようだ。そもそも建築の工事の大部分はものすごく高度な技術や工具を使うわけではないし、結局は人間の注意力に負うところが多いのではないかと思う。施工可能ですっきりしたディテールを設計側が考えればそれは中国であっても作ることは可能だという意を強くした。問題は設計と、それ以上に施工の段取りにかかわっている。もっともさらに大きい工事では段取りが複雑になって精度の確保がより難しくなるんだろうが。

8 盗難と設計変更

施工の最中にこんなこともあった。ある日現場に行くと李さんが騒いでいて、どうしたのかと聞くとエキスパンド・メタルが盗まれたのだという。既存のドアは施工初日に撤去したのでそれから外部扉がとりつけられるまでの間は現場は施錠できない。盗難予防のためにその間は毎晩誰かが交代で寝泊りしていたそうだが、このメタルシートは大きいから外に置いていたところ夜中にこっそり誰かが持っていったらしい。
あとでこの話をこの工事とはまったく関係ない中国人の友人にしたら、「施工者が自分で盗んだんじゃないの」という。今回の場合材料は施工費に含まれていて施工隊が自分で買ってきた材料なのでそれはありえないのだが、そういうことも多いらしい。この話はその後どうなったかというと、盗まれたけれどまた河北省の「網の街」(前号参照)まで行って一から材料を手配するのは面倒だと思ったのだろう、李さんが現場周辺をかなり熱心に探してみたら、なんと盗難品がそっくり売られているのを発見したのである。そばの旧貨市場(くず鉄などを集めて安価で売っているところ)で、すごく安い値段で売られていたらしいが、結局李さんはそれを買い戻してきた。誰かが盗んでそこに転売したんだろうとのこと。この話には続きがあって、じつはすぐ二日後にまた同じモノが盗まれたのである。同じところに同じものを置いていた施工隊も間抜けだけれど、なんとその盗まれたメタルシートは傑作なことにそのときもまた同じところで売られていた! さすがの李さんも今度は警察に連絡して取り返したらしい。しかしやはり買い取らされたらしいが。
僕がこのことから得た教訓は、現場周辺の治安がよくないのではないか、ということである。原設計では外壁には大きなガラス窓と扉があってそれ以外はエキスパンドのスクリーンで壁を覆うつもりだったのが、いくらペアで割れにくいとはいえガラスが露出なのは心配になってきた。エキスパンド・メタルは二度も取り戻したがどうもモノ自体の精度がよくないということもあって外壁で使うのをとりやめ、かわりに窓とドアを覆うようなシャッターを外壁に全面的に設置した。

9 だめ出し、竣工

湿式で均した壁がなかなか乾かないので最後の一部吊天井の加工ができず、しばらくだらだらと工期が延びてしまった。この間に照明器具を取り付けたり、塗床の施工が入る。塗床は李さんの工事とは切り離していたのだが、時間ができたのでこのあいだにやってしまおうと考えて李さんから施工業者に発注してもらった。そのほうが外国人である僕が頼むより安くなるのははっきりしていたし。白色で二ミリ厚、材工込みで平米七五元(一一二五円)の塗床。一番安い中国産の値段でその程度、もっといい輸入物だと二〇〇元くらいのものまである。
床も終わるといくつかだめ出しをして、細かい補修をしてもらった。シールの打ち直しや清掃などである。工事開始時は李さんもこの物件しかなかったからか、かなりつきっきりでやってくれたんだけれど、最後の二週間は他の現場がラップしていたらしく職人だけが来ることが多くなる。木工事が終わった段階で工事金額の八五パーセントまで払ってしまうという契約の仕方にも少し問題があったかもしれない。それでも着工から一カ月と三週間でなんとか竣工までこぎつけた。当初の工事期間予定が一カ月だったので三週間オーバーしたことになる。自宅にあった本やコンピュータを運ぶのも李さんにサービスで車を手配してもらった。人も出してもらってすごく楽に引越しは終了。

10 プレスリリース

写真の撮影はこちらで知り合いになった建築雑誌の編集者に頼んでカメラマンを紹介してもらった。出版社勤務のカメラマンだがこういうアルバイトは多くやっているみたいで慣れた調子で撮影してくれた。三五ミリと一二〇を一枚ずつの一三カット、計二六枚で一カット一二〇元(一八〇〇円)。撮影は半日で済んだ。西側に開口が開いているから夕方の方が光線の具合がよかった。できてきた写真は家具の配置調整とか細かいところで少し不満もあったけれどおおむね使えるものになっていた。
知り合いのこちらの雑誌社やインテリア雑誌の編集部にメールで広報した。外国人の物件でしかも平房を改造したということでいくつかの出版社が興味を持ってくれた。現場に来て見てもらう。そのとき何人かの編集者と話してわかったのだが、このように完成物件をきちんと大判のポジで撮影したり、ましてやそれを設計者の依頼で専門家に撮らせるようなことはまだ中国でもごく一部の設計者しかしていないとのこと。特に内装の仕事などではあまりうまく施工がいかないことも多いし、雑誌には(物件が完成していたとしても)パースを掲載させてほしいという設計者が多いという。そんなわけで自分でポジを準備している僕のようなケースはとても掲載に有利ということがわかった。設計主旨は日本語で書いていつもお世話になっている友人に中国語に訳してもらう。
六月の末には、この物件を見た雑誌の編集者に出版社主催のシンポジウムの参加を要請されて、内装設計をやっている設計者のサロンみたいなところで簡単な計画案の紹介をさせてもらった。ほかの話者がいわゆるこちらのオフィスビルの中で世界中のオフィスのどこでも見られるような内装を紹介していた(ちょっと高級そうなワークステーションと会議室や休憩スペースで差異化を図るお決まりのオフィスインテリア)のに対して、僕のこのプロジェクトは大分浮いていたけれど、聴衆の若い同業者には結構理解してもらったみたいでいろんなコメントをもらえた。ここでしかできないことをやることで中国でも支持を得ていけるのではないかという手ごたえを感じることができた。このあたりのことは『中国建設報』(七月七日版)という新聞で少し紹介されたほか、八月初めにはこちらでもいくつかの雑誌にこの物件が掲載されているはずである。
日本で多少まとまって紹介できたのは『建築文化』(二〇〇三年八月号)の若手建築家のページくらいだった。日本での発表の仕方は少し考えたほうがよさそうだ。

1──書架の枠の施工の様子。 12ミリのMDF板の3枚重ね。これができて だいぶ空間のプロポーションがわかるようになる。

1──書架の枠の施工の様子。
12ミリのMDF板の3枚重ね。これができて
だいぶ空間のプロポーションがわかるようになる。

2──瓦工が新設の扉の大きさに合わせて 外壁開口の大きさを調整している。

2──瓦工が新設の扉の大きさに合わせて
外壁開口の大きさを調整している。


3──L型書架が現場前の中庭に出された状態。 端部をパテ処理後外で塗装する。 12ミリのMDF板製。

3──L型書架が現場前の中庭に出された状態。
端部をパテ処理後外で塗装する。
12ミリのMDF板製。

4──鉄芸加工場で製作した水道管を使った テーブルの脚。

4──鉄芸加工場で製作した水道管を使った
テーブルの脚。


5──ステンレスの外部扉の製作風景。

5──ステンレスの外部扉の製作風景。

6──向かいの工場でペアガラスに ステンレスの枠をはめた後、職人総出で ガラスを開口部に設置する。ほぼ2m角。

6──向かいの工場でペアガラスに
ステンレスの枠をはめた後、職人総出で
ガラスを開口部に設置する。ほぼ2m角。

7──外部で製作させた木製ルーバー扉。 精度はしっかりしていた。

7──外部で製作させた木製ルーバー扉。
精度はしっかりしていた。

8──防曝灯の設置風景

8──防曝灯の設置風景


9──竣工外観。 既存開口部に対して窓は下に拡大し 扉は巾を狭めて片開きにした。

9──竣工外観。
既存開口部に対して窓は下に拡大し
扉は巾を狭めて片開きにした。

10──竣工内観。 L型の書架が枠内に自由に配置される。

10──竣工内観。
L型の書架が枠内に自由に配置される。


11──竣工内観。大きさの違う円卓が 折れ曲がった書棚壁の間に置かれる。

11──竣工内観。大きさの違う円卓が
折れ曲がった書棚壁の間に置かれる。

今回のコスト
一元=一五円で計算。日本の不景気は本当に底を打ったの?
見積もり時総工費:四万五八〇〇元(六八万七〇〇〇円)
追加工事費:六一八六元(九万二七九〇円。塗床工事まで含む)
総合計額:五万一九八六元(七七万九七九〇円)
*支払いは三期に分けて行なった。契約時に見積もり金額の五〇パーセント、木工終了時に三五パーセント、竣工時に一五パーセント+残額。一年瑕疵(一年アフターサービス保障付き)。

これを高いとみるか、安いとみるか?

今までの連載原稿は
http://members.aol.com/Hmhd2001/
でご覧になれます。

>松原弘典(マツバラ・ヒロノリ)

1970年生
北京松原弘典建築設計公司主宰、慶應義塾大学SFC准教授。建築家。

>『10+1』 No.32

特集=80年代建築/可能性としてのポストモダン