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歩き食べ | 三浦展
Walking, Eating | Atsushi Miura
掲載『10+1』 No.26 (都市集住スタディ, 2002年01月発行) pp.35-36

私は去年八月に『マイホームレス・チャイルド』(クラブハウス)という本を出して、そこで最近の若者の行動をホームレス的と名付けた。そのせいか、歩き食べに関するマスコミの取材が私のところに多く来るようになった。
たしかにこの一、二年、歩きながら食べたり、飲んだりしている若者が増えた。もちろん電車内でもますます飲食行動が増えている。私が見た限りでは、山手線の電車の中で立ったままサクランボを食べている二〇代女性。吉祥寺中道通りで毎朝肉まんやサンドイッチを食べながら通勤する三〇歳くらいのOL、同じく吉祥寺の中道通りで歩きながらデラウエアを食べている五〇代男性、中央線の電車内でペットボトルのお茶を飲む六〇─七〇代など、枚挙にいとまがない。
そういう輩を見ると、親の顔が見たいと思うのだが、親の世代も祖父母の世代も歩き食べや電車内飲食をするようになっているので、どうしようもない。親子が並んで歩いていたり、一緒に電車に乗っていたりするのに、子どもが物を食べているケースもよく見かける。もはや親にも祖父母にも子どもを律する気持ちがないようだ。
こうなりゃ、こちとら考現学者だ。最近はそういうホームレス的な行動を写真に撮って集めている。歩き食べはもちろん、路上で寝る者、路上で編み物をするおばさんなど、だいぶ集まった。寝ている人はさすがにあまりいないのだが、いざ見つかると、なにしろ寝ているので写真に撮りやすい。
また私は去る二〇〇一年六月に、下北沢南口商店街で通行人の携帯行動の調査も行なった。携帯電話、食物、飲料、たばこなどをどれくらいの割合の人が携帯しながら歩いているかを調べたのである。
結果、携帯電話を持って、あるいはかけながら、あるいは操作しながら歩いていた人が六・九%、何かを飲むか食べながら歩いていた人は三・四%、イヤホン・ヘッドホンをしていた人は三・九%、たばこを吸いながら歩いていた人が三・六%であった。合計では一七・九%である(重複あり)。
推定年齢別では一九歳以下の携帯行動が多く、携帯電話が一八・三%、飲食が一五・二%、イヤホン・ヘッドホンが七・五%、たばこが五・六%だった。二〇代では携帯電話が八・二%、飲食が三・一%、イヤホン・ヘッドホンが七・六%、たばこが三・四%。三〇代では携帯電話が一〇・四%、飲食が一・四%、イヤホン・ヘッドホンが四・二%、たばこが一・六%。四〇代では携帯電話とイヤホン・ヘッドホンは〇であり、飲食が二%、たばこが四・四%であった。
四〇代のたばこ率と三〇代のイヤホン・ヘッドホン率と二〇代の飲食率はどれも三─四%であるから、四〇代が歩きたばこをするのと同じ確率で三〇代は音楽を聴き、二〇代は飲食するということになる。いみじくも携帯物における世代差が歴然とする結果となった。
昔からたばこを吸いながら歩く人はいたし、吸い殻を道に捨てるのは当たり前だった。
だから、今、歩きながら食べる若者が増えても、食べ終わった後の容器や袋をその場に捨てていく者がいても、実はたばこか食品かの違いはあるが、歩きながら何かをして、捨てていくという行動は昔から同じ確率で存在したと言えるのである。
しかし電車の中でたばこを吸う人はいないし、路上に座り込んでたばこを吸う人もホームレス以外はほとんどいなかったので、電車内での飲食はやはり新しい奇妙な行動であると言える。
もちろんたばこと飲食の間にはウォークマンがあった。これは歩きながらだけでなく電車内で聴く者がいたので社会問題化した。三〇代は歩きながらでも電車内でもウォークマンを聴くことには抵抗がない。しかし歩きながらでも電車内でも飲食することには抵抗がある人が多いであろう。だが彼らもウォークマンは聴いてきたのだ。音楽か飲食かの違いはあるが、行動としては似たようなものである。
さて次に、飲食物について、より詳しく見ると、一番多いのは飲料ではペットボトル、次いで缶、マクドナルドなどの紙製コップでストロー付きのもの、四角いジュースパックでストロー付きのもの。食べ物はマック、おにぎり、パンなど。今回はカップラーメンやおでんはいなかった。
カウントした以外の携帯物では、新聞、マンガ、本を読みながらというもの。財布を持つ女性も多い。CDをプレイヤーに入れながら歩く人もいるし、撮影したばかりのプリクラシールをはさみで切りながら歩く女子高生もいる。人間いろんな物を持って歩くもんである。そもそも人間は、直立し二足歩行することで、手が自由に使えるようになったために文明を進化させた。手に物を持つのはその意味で文明の証かもしれぬ。
ところで飲食しながら歩く人が三・四%という数字をどう思われるであろうか。
今回は三〇分間の観測であったが、六一〇人の通行人があり、携帯行動は一〇九人であった。ほぼ三秒に一人の頻度で人が通り、一八秒に一人が何かを携帯しているのである。携帯電話だけでも四二人だから四五秒に一人だ。これは印象としてはほぼひっきりなしに携帯電話を持っている人と会う感じである。飲食しながらの人は二一人だから、九〇秒に一人の頻度。これでも相当ひっきりなしに会う感じがする。
これがもし三〇分に一二〇〇人の通行人がいたとすれば、四五秒に一人。一八〇〇人なら三〇秒に一人見かけることになる。しかも今回われわれは観測者だったから動かない。しかし自分が人の流れと反対に歩けば、すれ違う人の数は時間当たりで倍になる。すると一五秒に一人が何かを食べているし、七・五秒に一人が携帯電話を持っているように見える。公園通りや新宿通りの休日の通行人は三〇分で一〇〇〇─二〇〇〇人である。だからそこで携帯電話をしている人が七%とか、飲食している人が三%というのは、一見少ないようであるが、実は繁華街で見るとものすごくたくさんに見える数字なのである。
私は、飲食しながら歩くのはやはりみっともないと感じるし、食べ終わった後に食べ物の包装紙やペットボトルなどをそのまま道に捨てていく奴は心底馬鹿だと思う。動物園の猿みたいなものだ。日本人は今猿に戻りつつある。日本は「猿の惑星」になりつつある。しかしもしかすると、逆説的な皮肉として言えば、それは人間の最高の進化かもしれぬ。


>三浦展(ミウラ・アツシ)

1958年生
カルチャースタディーズ研究所主宰。現代文化批評、マーケティング・アナリスト。

>『10+1』 No.26

特集=都市集住スタディ