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卓 | 松原弘典+戴長靖
Table | Matsubara Hironori, Cangjin Dai
掲載『10+1』 No.28 (現代住宅の条件, 2002年06月発行) pp.39-42

この三月に瀋陽から引っ越したので今回から北京での家具製作になる。事前に何度かこの街に通って不動産屋めぐりをした。いろんな部屋を見る機会があったのだけれど、多くの部屋はだいたい家具調度品が置かれたままで、借主は翌日からでもそこに住める状態になっている。お湯が出て冷蔵庫も洗濯機もベッドも電話もある状態。便利なのだろうけれど、自分の選択したものに囲まれて住みたいと思うとちょっと工夫がいりそうだ。大家が既存の家具を引き取る余裕のある物件もあるが、多くの場合調度品をそのまま使っていずれはそのまま出て行ってほしいと言われる。多少くたびれた部屋になると大家との交渉で借主が内部を改装したりもできるが、その費用を借主が持つのも割に合わない。いずれはこの連載でやっている家具製作を統合して、丸ごと一フラットの内装設計をやってみたいと思っているので、もう少し作戦を立てる必要がある。まあ自分でマンションを買えばそれで済む話でもあるんだけど、もう少し身軽な方法を考えたい。
北京には少なくとも数年はいるつもりだが、すべての家具を自分で設計していくのでは生活を立ち上げるのにも時間がかかるので、引越し早々いくつかまとめて既製品の家具を購入した。いろいろ見て回った結果、スウェーデンの家具メーカーIKEAのショップがあるので、ここでソファやキャビネットなどをまとめ買いした。中国メーカーの製品と比べるとけっして安くはないが、海外ものとしてはそれほど高くないという価格設定。多品種の製品が一堂に売られているのと、色違いや素材違いのパーツがさまざまなヴァリエーションとともにばら売りされているので、選択の幅が広くかなりの中国人消費者を集めている。

今回は卓を作る。ソファにあう背の低い小さな卓が必要だったし、これになら今までこの連載で使ったことのなかった材料である木を使えると思ったので。木製家具については製材、切断、組立、塗装と工程が多くなるために、われわれのようなモックアップの一品生産を受けてくれるところが見つからず、今まで手を出しかねていた。今回、最初はオフィス家具、特にコンピュータを置く台を専門に作る事務機器メーカーに製作を依頼しかけたが面倒だからと断られた。困っていたところに友人の戴長靖がフリーの木工職人を知っているというのでそこにお願いすることにした。戴は以前内装設計の事務所にいたので職人をたくさん知っているのだった。
さらに今回は価格をどこまでおさえられるかを明確にするために、IKEAで売っている既製品の卓とデザインをそろえて、これをわれわれのコントロールで作ったらどれくらいの値段になり、どういう加工上の問題が出てくるか比較することにした。このIKEAの既製品も中国製なので産地は同じということになるんだけれど、かたやフリーの職人が一品生産したものと、かたや中国国内のしっかりした家具工場が作った製品の比較ということになる。なおIKEAではこのお手本製品[図3]が一四五〇元(二三二〇〇円)で販売されている。

1──完成品1

1──完成品1

2──完成品2

2──完成品2

3──IKEAで売られている「お手本」商品。 白色塗装のものと桜のデコラ張りのものがある。これは後者

3──IKEAで売られている「お手本」商品。
白色塗装のものと桜のデコラ張りのものがある。これは後者

4──曹勇、彼の部屋で。 6平米弱のこの部屋を月200元(3200円)で借りているとのこと。ここにはほかに15部屋ほどあって30人前後の同郷人が集まって暮らしている

4──曹勇、彼の部屋で。
6平米弱のこの部屋を月200元(3200円)で借りているとのこと。ここにはほかに15部屋ほどあって30人前後の同郷人が集まって暮らしている

職人

戴によると、内装設計事務所の多くは設計と施工監理をするのでさまざまな業種のフリーの職人をおさえていて、必要に応じて工事に参加してもらうそうだ。それで言うと中国の場合、デザインだけして施工は施工会社に一任してしまう建築設計事務所よりは内装設計事務所のほうがディテールの扱いがうまいことが多い。そのぶんごてごて装飾的になる傾向も強いんだけれど。業界としてもこの二つはある程度はっきり区分けされており、こういう状態は双方にとってけっして幸福な状態とは言えないと思う。
紹介してもらった曹勇[図4]は三四歳で江蘇省出身。がっちりした体躯で家を訪ねたときはきちんとアイロンのかかったシャツを着ていた。北京の南、平楽園のあたりに住んでいる。セルフビルドのバラックが集まる住宅地区で、聞いてみるとここの一角は同じ地方の出身者が集まって住んでいるという。奥さんと一〇歳の女の子を故郷に残して、一年に一度だけ里帰りする生活をもう北京で一〇年以上している。
彼はどこの組織にも属さないで、工事現場で仕事があると仕事に出る。中国のいわば「一人親方」ですね。現場の日当は七〇─八〇元(一一二〇─一二八〇円)が今の北京の相場だそうで、休まないで三〇日働いたら(実際そうするのが普通らしい)二四〇〇元くらいの月給になる。さらに彼の場合は、単純工ではなく木工方面の技能があるし、他の職人をまとめる役もやるので収入は月三〇〇〇元くらいになるんじゃないかというのが戴の話だった。

材料

図面を見せて設計の内容を理解してもらう。こちらの図面を見ながら合板は一八ミリ厚しかないからここの二〇ミリは一八にしていいかとか、きちんとした寸法の話ができたので安心した。一〇日ほどで作ってもらいたいということを伝えて、いくらで作るかは材料の値段などを確認してから返事をもらうことにした。
四日後にふたたび曹勇の家へ。曹から発注された鉄の脚部四つが塗装前の状態でできていて木板材料が購入されていた。脚は近くの鉄工所で作らせたらしい。高さはきちんとそろって出ていた。底部に取り付けるゴムも、どこからか図面と同じ二ミリ厚のゴムシートを見つけてきてこれを接着するといっていた。溶接は少し粗い。点溶接でいいと思っていた平板とパイプの溶接を全周まわしていたせいもある。それから一番気になったのは底の円板自体の切り出し。直径三〇ミリのパイプに径四五ミリで三ミリ厚の円板を溶接するのだが、作ったのが小さい鍛冶屋だったからか、円板を切り出すのを手作業でやっている。それなりに苦労してきれいにやろうとしてはいるんだが、手で切っているのでカーブの精度にやはり限界がある[図5]。このあたりが平板を切り出す加工機を持っている工場との差なのだろう。将来的には鉄の薄板の切り出しや曲げの加工を頼めるような大きな工場を見つける必要がある。街にはたくさん鉄扉屋があってそこならいろんな鉄の機械加工がされているからああいうところで試してみるというのはあるかもしれない。まあとにかく、曲線の精度については、職人の腕というよりもこちらの発注の仕方にそもそもの問題があるとして、毛羽立っている端部ももう一度磨いてから塗装してもらうことで済ますことにした。
それから、材料の鉄が中国の鉄工所でよく扱ういわゆる黒皮の状態ではなく、すでに亜鉛メッキされたものだったことに気付いた。材料単価としては黒皮に比べて高くなるはずだが、黒皮だとそのあと塗るさび止めが酸性で、今回塗ろうとしている仕上げの塗装と相性が悪いとかいろいろな理由を言われた。そうかもしれないし、あるいは工場にたまたま亜鉛メッキされた材料があっただけなのかもしれない。塗装仕上げ後は同じになるだろうし気にしないことにした。上部の鉄板のコーナーはきちんと面取りされ、平ビス用にビス穴に皿も切ってあり、あとはまあ合格。上部鉄板のカットも手作業だったので、直線の精度が少し気にはなるけれども普段は見えなくなるしよしとする。脚底のゴムも接着剤だけだとやがてはがれるのは必至なのでビスでおさえてもらうことにした。これを平ビスで固定すると本当は床を擦るのであまりよくないというのが曹勇の意見だった。日本で見かける事務機器専用のゴムだと中央部がへこんでいてその凹部でビス留めしたり、さらにそのビスで高さ調整ができるんだよなあ、そういえば。あとでわかったんだけど曹勇が準備したゴムは靴屋から靴底修理用のゴムシートを入手してきたものだった。
木の材料については二四〇〇×一二〇〇大角で一六ミリ厚のMDF板(高密板)一枚と、同じサイズで三ミリ厚の繊維板(硬質繊維板)一枚を購入していた。後者は引き出しの底板で塗装の必要がない。前者はそれ以外の部分すべてで使うので白色に塗装するのだが、片面のみ塗装済みの板だったので、未塗装面と板の小口を目止めしてから塗装済み面もあわせて全体を吹付塗装してもらうことを確認した。

5──塗装前の鉄脚の底部。 この円盤は手で切り出している。 真ん中には後でゴムを固定するビス穴を空けている

5──塗装前の鉄脚の底部。
この円盤は手で切り出している。
真ん中には後でゴムを固定するビス穴を空けている

加工場所

これらの部材や材料を、われわれは彼の部屋で見せてもらったのだが、そこは二メートル×三メートル程度のほんとうに入ったらベッドと小さな机があっておしまいという感じの部屋だった。電気はきていてカラーテレビがあるし最低限のプライヴァシーは守られていた。よく見るとベッドの下にはジグソーなどの木工工作機械があり、壁際には大きな塗装用のコンプレッサーが置いてあった。こういうのを使って昼間に家の周りで材料を加工しているらしい。
数日後、こんどは組み立てが終わって塗装の前の状態を見に行く。鉄脚四つは前回とほぼ同じで底板にゴム固定用のネジ穴が空いているのを確認した。木の加工は案外うまくいっている。カットもまっすぐだし角もきちんと出ている。二ミリで指定した引き出し[図6]や出隅のクリアランスもおおむねその通りできていたし、上板を固定しているタッカーは見えないようにうまくカットしてあった。多少ついている傷などはMDF板と同じ材料を粉末にして目止めをするので大丈夫だと言っていた。塗装は白の半艶でお願いして、運送のことを考えて脚はネジ止めのみとして接着剤を使用しないように確認しておく。七五センチ角と小さいのでタクシーにも載せられるだろう。
塗装の途中段階で再び様子をチェックに行く。もう三度塗装を済ませていてその都度磨いてまた塗装ということを繰り返しているらしい。塗装後に乾燥中の部材を見せてもらったが、われわれがどこに連れて行かれたか読者のみなさんは想像できるだろうか? 曹勇の家は本当に狭いし、周りもそういう狭い部屋が密集しているスラムみたいなところなので木材加工なんてできそうにないし、ましてや塗装は匂いも出るし埃も嫌うはずだ。半信半疑のまま僕たちが連れて行かれたのは彼の家のそばにある公衆便所(!)だった。大通り沿いの便所でなぜか未使用で閉鎖されており、われわれがいくとそばの住人らしき人間がやってきて、鍵を管理しているらしくドアを開けてくれた。幸いにもトイレは未使用なので匂いはせず(やれやれ)、男子便所の小便器の前に乾燥中の卓の部材が置いてあった。吹きつけはうまくいっていて申し分ない。引き出しの塗装部分と非塗装部分(底板の繊維板)の境界もマスキングテープを使ってちゃんと塗り分けてあった。あと二回塗装と磨きをすれば表面は鏡みたいにつるつるになると言っていた。確かにそうなんだろうけどトイレという場所と作っているもののギャップには笑えた。窓を閉め切れば埃も舞わないし乾燥場所としては信頼できますけどね……[図7]。塗装そのものはトイレの隣にある自動車塗装工場でやっているらしい。連載一回目ののときにも自動車用の塗装スプレーを買ってきて、鉄部に塗装をしていたのを思い出した。なるほど個人単位の小さな仕事にも工業的なクオリティを提供できるのが町中にある自動車修理業界なわけだ。工場には立派なコンプレッサーがあってこれで塗装をしていると言っていた。
この経験を通して思ったのは、結局製作の発注先の問題というのは場所の問題なのだろうということ。日本ならこういう一品生産のケースは小規模の家具工場や木工所みたいなところに発注することになるわけだけれど、中国の家具工場は表向きは大きい専業のものしかなくて小さな小回りの利くところはほとんどない。ただもう少しよく見ると、正確にはそういう家具を作れるフリーの技能者や機械は存在しており、ただそれを常時置いておける小さな場所を持った工場が経営の一形態として存在していない状態なんだろうと思った。この国の多くの内装工事の現場では、作り付けの家具は工事中に現場に住み込んで働く職人たちが材料を買ってきて現場で加工するのが普通である。いわば現場ごとにその中に工場が仮設で出現するという形なので、常設で存在する小さな家具工場という形態が生まれにくいのだと思う。家具をトイレで乾燥させるのがいやなら、現場ごとに家具を作ってやっていくか、自分で場所を借りて工場を開くしかないというのが今のところの選択肢ということになる。個人的にはジャン・プルーヴェみたいに設計する場所と工場が近い状態を実現させたいなあと思ってはいるんだけれど。
卓は完成後、タクシーで自宅まで無事運ばれた。上下の板にMDFを使ったのでちょっと重かった。端部に糸面(中国語では倒角という)を取らなかったので角をぶつけないように運搬には気を使ったけれど、本当は一ミリ程度でも角を取ったほうがよかったかもと反省。でも塗装面は確かに「自動車のボディ並みに」つるつるに仕上がっていた。これがトイレで乾燥したものだなんて誰が想像できるだろうか!

6──塗装前の引き出し部分。 前板のコーナーはちゃんとかみ合わせをきっている

6──塗装前の引き出し部分。
前板のコーナーはちゃんとかみ合わせをきっている

7──トイレで乾燥中の卓。 手前にあるのが鉄脚部4つ(上下を反転して置いている)

7──トイレで乾燥中の卓。
手前にあるのが鉄脚部4つ(上下を反転して置いている)

今回のコスト
今回は一元=一六円で計算している。年度明けに円が少し持ち直しているのはとりあえず朗報だが気休め程度にしか続かないんでしょうねえ。

卓一式:五〇〇元(八〇〇〇円)
・  数量:一台
・  サイズ:D750/W750/H340
・  素材:750×750×18MDF板(高密板)、350×350×3繊維板(硬質繊維板)、厚二ゴム板、直径三〇丸パイプ、厚三鉄板、鉄はすべて亜鉛メッキ処理済み
*このうち材料代は一四九元(二三八四円)程度(鋼材市場と木材市場での調査による、MDF板2400×1200×18、一枚で七五元、繊維板2400×1200×3、一枚で一六元、丸パイプ六メートル五八元)
*納期約二週間

五〇〇元というのは戴に曹と話してもらって決めた値段。このうちおそらく一〇〇元くらいが鉄脚代、五〇元くらいが塗装代、曹は材料代自分もちで手取りが三五〇元くらいになったんじゃないかと思う。戴の考えでは曹のまわりならきっとあのくらいの材料や塗装は友人に頼んで金をかけないでやっているはずだと言っていた。人工代が一日八〇元程度で考えると自分としてはそれほど違和感のない価格に納まったと思っている。最初にお願いした事務機器メーカー工場だと四〇〇元で話がつきかけたんだけど、結局そこでは仕上げは塗装できずデコラ貼りになるし、製作過程もあまり見せてくれなさそうだったのでまあこっちでよかったとしよう。
「お手本」のIKEAの既製品は一四五〇元(二三二〇〇円)で、店舗販売されている。つくりの上で違うのは平面の大きさ(既製品は九五〇ミリ角だが製作品は自分の必要にあわせて七五〇ミリ角に縮小)、引き出しの塗装箇所(既製品は前板のみ吹付塗装仕上げで側板は白色デコラ貼りだが製作品はすべて前板、側板ともに吹付塗装)程度。
加工上の問題としては、今回の製作物は、引き出し部の奥の方で吹き付け塗装が回り込まなかったところがあったり、鉄脚の溶接がちょっとごつくなったところなどだろうか。しかしまあ遜色ないできだと思う。あと重くなったのは量産にはよくないと反省。

これを高いとみるか、安いとみるか?



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>松原弘典(マツバラ・ヒロノリ)

1970年生
北京松原弘典建築設計公司主宰、慶應義塾大学SFC准教授。建築家。

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