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コンペティション学序説 | 中村研一
Introduction to the Competition Theory | Nakamura Kenichi
掲載『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) pp.111-113

コンペが現代建築史で果たしてきた重要な役割については、あらためて強調するまでもないだろう。それは勝者だけの歴史ではない。《シカゴ・トリビューン社屋》でのグロピウス案や《国際連盟》でのル・コルビュジエ案がそうであったように、むしろ敗者の案、実現されなかった案が後世に残り歴史をつくってきた。多くの建築家が認めているように、近年最も注目された落選案は《フランス国立図書館》でのR・コールハース案であろう。空間体とも呼ぶべきそのアイディアは九〇年代以降の建築界の風景に大きな影響を与えてきた。勝者の案の背後に費やされた膨大なエネルギー、それが現代建築を動かしているといっても過言ではない。
コンペに参加するからにはもちろん勝つことは重要な目的であるが、それがすべてではない。後に紹介する著作で安藤忠雄氏も述べているように、巨額の予算と多分野にわたる関係者が絡むコンペでは必ずしもデザイン的な優劣だけが判断基準ではなく、むしろきわめて政治的なしがらみが潜んでおり、納得できない結論を聞かされることも時にはある。それでもなぜコンペに参加するのか。それは自分のための戦いだからだ。コンペだからこそ日常の設計プロセスでは挑戦することのできないアイディアを試すことができる。日常から切り離されたコンペという時間はアイディアを熟成させるには絶好の機会なのだ。実際にコンペに参加してみると、普段展開させることのできないアイディアに実体を与えるということが、勝敗よりもむしろ重要なのではないかと思えてくる。徹夜が続くことによって微熱を帯びたような状態が続くコンペ提出間際は、非日常を演出する祭りだと言ってもよい。
どのような心構えでコンペと向き合うべきか、それを最も的確に説明してくれているのが安藤忠雄氏の『連戦連敗』である★一。東大大学院での五回の連続講義を下敷きにまとめられた本書は優れたコンペ指南書であると同時に、世界の建築界を概観する広い視野を持った格好の建築入門書にもなっている。自らの建築家としての生い立ちを日本の戦後コンペ史に重ねながら、コンペという制度について安藤流のヴィジョンがまず与えられる。そして安藤さんが参加した多くの国際コンペについて、自分の案の説明だけではなく、ほかの参加者がどのようなスタンスでプログラムに向き合ったのかを自分の案と対比しながら丁寧に説明してくれている。コンペでのさまざまな経験を縦糸としながら、同時に都市・建築の保存と再生、そして建築と環境との関係といった現代的テーマを横糸にして話を織り上げていく手法は見事としか言いようがない。《レイナ・ソフィア美術館》や《パリ原始博物館》における勝者のジャン・ヌーヴェル案がどのような点で優れているのか、などを述べているくだりなどは優れたヌーヴェル論にもなっていて、読みながら頭のなかに自然と世界建築家マップができあがっていく。また落選案となった《テート・モダン》で検討したガラス・ボックスの挿入というアイディアが上野の《国際子供図書館》でいかにして活かされたのかも、丁寧に説明してくれている。やはり《テート・モダン》での話だが、最終段階のインタヴューでコストや使い勝手の弱点を突かれて弱気になった安藤さんが、インタヴュー後に審査員であったハンス・ホラインから「なぜもっとコンセプトを強調しなかったのか」とまるで学生のように諭されるシーンなど、実にリアルでわかりやすくコンペへの心構えを教えてくれる。どれだけ連敗しようともけっしてくじけることのない安藤さんの気迫を改めて感じさせてくれる、とても元気の出る本だ。自分の力量に少し不安を感じて弱気になったとき、このコンペへの優れた誘いの書を是非読み返したい。
私自身も多くのコンペに実際に参加して、自分の建築的アイディアを鍛えてきた。コンペという存在なしに建築家としての現在の自分を想像することはできない。槇研究室の院生だった時に当時助手であった栗生明さんと共同で本格的な国際コンペに初めて参加した《香港ピーク》では★二、事務局によって排除されていた落選案の山のなかから審査委員であった磯崎新氏が拾い上げたという伝説を生んだ、当時はまったくの無名だったザハ・ハディドの鮮烈なデビューに立ち会うことができた。その後大学院では原広司研究室での《バスティーユ・オペラ座》の手伝い、槇研究室と槇事務所共同での《ラ・デファンス》コンペへの参加、そして槇事務所で働き始めてからは、事務所の仕事が終わった後に睡眠時間を削って友人と協同で参加した《第二国立劇場》、いずれも連戦連敗である。そして槇事務所のスタッフとしても多くのコンペに参加した。《フランス国立図書館》では当初最有力候補と言われ舞い上がっていたら落選し、実はグラン・プロジェの最後はフランス人建築家に、というミッテランのお達しがあったという不愉快なニュースを後に聞いた。その後《フランクフルト・アム・マイン・センター》、《福島県男女共生センター》★三と二つのコンペに勝つことができたが、いざ初めて勝ってみると勝つことが当然のように思えてしまうのが自分でも不思議だった。こうして多くのコンペに参加できたことを幸せに思う。自分自身がコンペのプログラムと真剣に格闘したからこそ、一等に選ばれた案をただ眺めるだけではなく、リアルに読み取ることができる。参加することによって、選ばれた案と自分の案との距離を測ることができて、有意義なフィードバックをもたらしてくれる。

1──《香港ピーク》栗生・中村案、模型撮影=古舘克明

1──《香港ピーク》栗生・中村案、模型撮影=古舘克明

2──《香港ピーク》ザハ・ハディド案、ドローイング

2──《香港ピーク》ザハ・ハディド案、ドローイング

3──《フランス国立図書館》槇事務所案、模型撮影=坂口裕康

3──《フランス国立図書館》槇事務所案、模型撮影=坂口裕康

4──《フランス国立図書館》ドミニク・ペロー案、模型

4──《フランス国立図書館》ドミニク・ペロー案、模型

5──《フランクフルト・アム・マイン・センター》槇事務所案、模型

5──《フランクフルト・アム・マイン・センター》槇事務所案、模型

実際に建築家としてコンペに参加しようとすると、過去の主要なコンペでどのような案が提出され、どのようなプロセスで一等案が選ばれたのか、やはりいろいろと調べておきたくなるのだが、コンペに関するまとまった著作の数は驚くほど少ない。主要なコンペの作品集(その多くはコンペ直後に配布され後に入手することは難しい)を探し出すか、あるいはコンペの結果が発表された直後の建築雑誌を探すしかない。そうした資料を時々見返すと、今では著名になった建築家が意外な案を提出していたりして発見の楽しみがあり、思わず時間を忘れて頁に見入ったりしてしまう。コンペを通史的にまとめた著作としては『建築設計競技選集』(全三巻)★四と『都市と建築コンペティション』(全七巻)★五がある。どちらも高額な本なので手元に置いておくのは大変だが、コンペを通して見た建築史として貴重な資料なので、何かの機会に一度見ておいたほうがよいだろう。『建築設計競技選集』は一九四八年の《広島平和聖堂》から一九九〇年の《日仏文化会館》までを取り上げており、当選案と主な入選案を比べながら日本の戦後コンペ史を概観できる。それに対して『都市と建築コンペティション』は一七九二年の《ホワイトハウス》から一九八九年の《アート&メディアテクノロジーセンター》(カールスルーエ)まで、約三世紀にわたる主要な国際コンペを取り上げていて(日本での代表的なコンペもいくつか含まれている)、世界のコンペ史を概観できる貴重な本である。各コンペに三宅理一氏の詳細な解説がついており、コンペの経緯やその後の実施に至るまでの紆余曲折をフォローしており、読み応えがある。
先頃亡くなられた近江榮氏は、日本の数少ないコンペ専門家であった。《第二国立劇場》コンペの審査員等もつとめた近江氏による『建築設計競技──コンペティションの系譜と展望』★六は、コンペのあり方、そして社会との関わり方について、明治以降のコンペの変遷を辿りながら緻密な考察を加えており、コンペが社会においてどのような役割を果たしてきたのか、そしてどのようにコンペが運営されるべきなのかを考えるうえでは日本で唯一の著作であり、必読書といってよいだろう。《第二国立劇場》や《東京都庁舎》コンペでの審査プロセスも述べられており、審査員の側からの証言としてきわめて貴重な本である。コンペに参加するにあたって要項を読むのは当たり前だが、その文面の裏側をどこまで深く読めるかということも重要な戦略になってくる。コンペを主催する側に立って要項を読むということは何を意味するか、この『建築設計競技』を読んで考えておきたい。
コンペ情報を専門にした雑誌もある。ドイツで一九七一年に創刊された『wettbewerbe aktuell』★七(contemporary competitionの意。創刊当初は「wettbewerbe」の名称だった)はコンペ専門の月刊誌であり、毎号美しいグラフィックでさまざまなコンペへの応募案が掲載され、最先端のプレゼンテーション・テクニックを学ぶことができる貴重な雑誌である。ほとんどすべての公共施設がコンペになるというドイツでこそ成り立つ出版なのかもしれない。掲載されるコンペはヨーロッパのドイツ語圏が中心となるが、ニューヨークでのWTC跡地のコンペなど、話題になった国際コンペの特集を組むこともあるし、何よりさまざまな提出案の模型を同じアングルで撮影して掲載するというわかりやすい編集方針がありがたい。またそれほど知られてはいないが、アメリカにも『competitions』★八という雑誌があり、建築だけではなくアートや都市計画分野での世界中のコンペ情報を扱っている。日本でも『コンペ・アンド・コンテスト』というコンペ情報誌が一九八七年から一九九八年にかけてギャラリー・間から出版されていたが、その後「ワールド・コンペティションズ」★九と名前を変えて、契約者にコンペ情報を直接FAXで送るという形式に変わり、今ではメール配信という形式に変更されて、隔週で世界中のコンペ情報を発信している。
近年では多くのコンペ結果をネット上で見ることができるから、その気があれが情報はいくらでも入手できるだろう。自らを鍛えるために、コンペに挑戦しよう。そしてあわよくば勝利を。


★一──安藤忠雄『連戦連敗』(東京大学出版会、二〇〇一)。
★二──後に審査員だった磯崎さんから聞いた話だと、われわれの案は入選は逃したが日本から提出された案のなかでは最上位だった。三宅理一『都市と建築コンペティション』第六巻(講談社、一九九一、一〇〇頁)にわれわれの案が掲載されている。
★三──当時主流になりつつあったプロポーザル形式のオープン・コンペで一等になったため、われわれの提出案がプロポーザル・コンペにおける模範解答のように扱われ、『日経アーキテクチュア』(一九九七年四月二一日号)での「勝者に学ぶプロポーザル」という特集に掲載された。
★四──『建築設計競技選集』(全三巻、メイセイ出版、一九九五)。
★五──『都市と建築コンペティション』(全七巻、講談社、一九
九一)。
★六──近江榮『建築設計競技──コンペティションの系譜と展望』(鹿島出版会、一九八六)。
★七──wettbewerbe aktuell, URL=http://wettbewerbe-aktuell.de./ 取り扱い書店=南洋堂(東京)、柳々堂(大阪)、Sfera Archive(京都)。
★八──competitions,
URL=http://www.competitions.org/subscribe/
★九──「ワールド・コンペティションズ」(メール配信)、URL=http://www.synectics.co.jp

>中村研一(ナカムラ・ケンイチ)

1958年生
中部大学教授。建築家。

>『10+1』 No.38

特集=建築と書物──読むこと、書くこと、つくること

>現代建築史

2003年1月1日

>ル・コルビュジエ

1887年 - 1965年
建築家。

>フランス国立図書館

フランス、パリ 図書館 1995年

>安藤忠雄(アンドウ・タダオ)

1941年 -
建築家。安藤忠雄建築研究所主宰。

>ジャン・ヌーヴェル

1945年 -
建築家。ジャン・ヌーヴェル・アトリエ主宰。

>磯崎新(イソザキ・アラタ)

1931年 -
建築家。磯崎新アトリエ主宰。

>ザハ・ハディド

1950年 -
建築家。ザハ・ハディド建築事務所主宰、AAスクール講師。

>原広司(ハラ・ヒロシ)

1936年 -
建築家。原広司+アトリエファイ建築研究所主宰。

>三宅理一(ミヤケ・リイチ)

1948年 -
建築史、地域計画。慶應義塾大学大学院政策メディア研究科教授。